The New England Journal of Medicine(NEJM)には、最新の知見が発表される原著論文のみならず、日々の臨床に直結し、
教材として活用できる記事が多く掲載されます。NEJMの新しい読み方、活用の仕方をご紹介します。
「Clinical Problem-Solving」で取り上げられた症例を使って、
総合診療医の志水太郎先生に実際に机上演習を行っていただきました。
Clinical Problem-Solving(CPS)とは
診療過程が段階的に提示され、臨床医の推論を挟みながら意思決定プロセスを検討する記事。
抄読会などでも使用される、NEJMの人気記事の一つ。
The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE
Caren G Solomon, M.D., M.P.H.,Editor
N Engl J Med 2014 ; 370:1742-1748
病歴部分の和訳(原文の第1-2段落)
心不全の既往のある55歳男性が、右下肢の疼痛と腫脹を主訴に救急外来を受診した。受診の3日前、突如、右下腿に腫れがあることに気付いた。それ以前に先行する外傷は特になかった。腫脹は次第に悪化し、大腿にまで広がり、下腿の痛みを伴った。トラセミドを通常の倍量服用したが、効果はなかった。受診の当日、右足のつまさきがくすんだ褐色に変色していることを認めた。
患者の既往としては肥満、発作性心房細動、高血圧、駆出率の保たれた心不全が認められた。服薬している薬剤は、ワルファリン、ソタロール、トラセミド、リシノプリル。動脈血栓症、静脈血栓症の既往および家族歴はなかった。喫煙歴があるが(30 pack-year)、5年前から禁煙している。毎週末に4杯のビールを飲む。過去6ヵ月で、食事制限と運動により、意図的に22.7kg体重減少したと報告している。
Dr.志水はこう読む!
※診断戦略とは、筆者により2014年に提唱された、
診断の型というべき思考過程の原則論とそれにもとづく方法論や技術の総称
発症様式からPivotとClusterを
展開して鑑別を絞り込む
55歳男性の初発・片側下肢の急性浮腫であり、大腿まで上がってきている。突然発症ということから、フレームワーク「TROP」(右下図★)で考えることができる。ここではRuptureとしてベーカー嚢胞破裂、またObstructionとして動脈閉塞や動脈瘤切迫破裂、急性の深部静脈血栓症(DVT)が挙げられるが、直観的思考からはDVTが想起された。ベーカー嚢胞は膝窩周囲であり場所が合わない。また、むくみが強いということから動脈系よりも静脈系が考えやすいだろう。
一方、重度のDVTに動脈閉塞も伴うこともありうる。というわけで現時点ではDVTをもっとも考える。通常、下腿浮腫は動脈走行の解剖学的構造から左側の浮腫が起こりやすい(May-Thurner症候群)が、右側という時点でDVTの基礎病態を考慮する。特記すべきは悪性腫瘍である。また、痛みを訴えている点も緊急性を考慮すべき印象である。Pivot and Cluster Strategy(PCS)(右下図★★)を用いて急性DVTのClusterを挙げると、①静脈疾患(血栓性静脈炎など)、②動脈疾患、③皮膚軟部組織感染症(壊死性筋膜炎、蜂窩織炎)、④血管炎が考えられる。リンパ管浮腫もDVTの鑑別になるが、突然~急性発症という点が合わない。
年齢から考えるとどうだろうか?
DVTのVertical Tracing(V-Tr)(右下図★★★)として、悪性腫瘍の存在、解剖学的異常、先天性の凝固障害を考えるが、解剖学的異常や先天性の凝固障害(プロテインC・S、AT3欠損、第V因子Leiden変異やプロトロンビンG20210A変異など)がこの年齢で顕在化することよりは、年齢的にも悪性腫瘍を念頭に動くほうが得るものが多いだろう。
どのような病態が隠れているのか?
また、動脈疾患のV-Trとしては閉塞性動脈硬化症、バージャー病の可能性、動脈瘤、動脈解離、その他の動脈塞栓(血栓、腫瘍、コレステロール、寄生虫)、大動脈炎、また大麻の使用など薬剤性の病歴を考え、その情報を調べる。
以上より、現時点ではPCSによりDVTとそのV-Tr、特に悪性腫瘍の関与を念頭に置き、実際の現場では末梢血管の観察とエコーによる迅速な深部静脈血栓や動脈の観察を行い、同時に悪性腫瘍の検索としての病歴聴取と身体診察をプランする。皮膚所見の「くすんだ(Dusky)」褐色というのが黒っぽい、または紫っぽい印象であれば、動脈壊死・塞栓や重度のDVT、壊死性感染症を考慮する。この所見は緊急度が高く、発症のスピードが合わないが、しかし鑑別は狭めない。
服薬歴,既往から考える
患者はもともと心房細動があって抗血栓薬(ワルファリン)と抗不整脈薬を服用している。また、高血圧、そして駆出率の保たれた心不全があり、それに対し降圧薬(リシノプリル)と利尿薬を使用している。ワルファリン使用にもかかわらずDVTができるとすれば薬の問題(コンプライアンス、薬剤相互作用や代謝低下)または治療抵抗性の問題を考える。前者では相互作用するような薬剤は見当たらず、またそれ以外の血中濃度に影響するような因子を考えるが特に見当たらない。しかし後者であれば年齢から悪性腫瘍を第一に考える。動静脈塞栓の既往や家族歴はないとのこと。5年前までのヘビースモーカーということで、重喫煙による心血管リスクや悪性腫瘍のリスクは上がるだろう。飲酒歴はそれほどでもない。
どう絞り込むか?
気になるのは食事、運動による「意図した」体重減少である。元の体重にもよるが、6ヵ月で7.5%意図しない体重減少があったらほぼ100%病的に意義があるとも言われているため、意図的な体重減少に加え、意図しない体重減少の存在を積極的に考えるべきである。その5大原因と言えば薬剤、悪性疾患、ADLを下げてしまうような疾患群(COPD、心不全、関節リウマチ、HIV)、精神疾患、上部消化管関連の病態の5つである。ここまでの可能性から悪性腫瘍を特に考える。
悪性疾患であれば消化管が40%、肝胆膵が30%、泌尿器と血液が15%というデータもある。食欲が保たれるなら糖尿病、甲状腺疾患、パーキンソン病、代謝亢進状態、吸収不良症候群を考える。保たれないなら早期満腹感を訊き、それがあれば上部消化管またはその近傍の解剖を考える。
病歴のみでの診断推論
あきらかな既往や服薬歴、その他のReview of Systems(ROS)が陰性であれば、悪性腫瘍によるDVTをもっとも考える。
今回のCPS原文では、難症例であるがゆえに病歴のみならず各種検査を重ね、診断までの過程を詳細に解説しています。その思考過程やどのような検査をしているかはとても参考になります。一方で、もし自分であったら? しかもクリニックや市中病院といった、すべての検査ができる施設ではなかったら? という想定での思考トレーニングにも利用できる連載です。このような訓練を重ねた結果、NEJMに掲載された難症例を、もし病歴だけで最終診断まで追い詰められるようになれば、患者ケアにも大きく寄与するはずです!
NEJM本誌では、この後さらに段階を追って臨床的意思決定のプロセスを検討します。
症例の情報が、実際の診療過程のように、順にNEJM編集委員の臨床医に提示されます。
臨床医はそのたびに推論を述べるので、一緒に考えることができます。
最後は著者の考察で締めくくられます。
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