The New England Journal of Medicine(NEJM)には、最新の知見が発表される原著論文のみならず、日々の臨床に直結し、
教材として活用できる記事が多く掲載されます。NEJMの新しい読み方、活用の仕方をご紹介します。
「Case Records of the Massachusetts General Hospital」で取り上げられた症例を使って、総合診療医の志水太郎先生に実際に机上演習を行っていただきました。
Case Records of the Massachusetts General Hospitalとは
症例提示と、それに対する臨床推論が展開されるカンファレンス形式の記事。
抄読会や勉強会でも利用される、NEJMの人気記事の一つ。
The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE
Kristian R. Olson, M.D., Amir H. Davarpanah, M.D.,
Esperance A. Schaefer, M.D., M.P.H., Nahel Elias, M.D.,
and Joseph Misdraji, M.D.
N Engl J Med 2017; 376:268-78
症例提示部の和訳
18歳女性が急性肝不全のため病院の救急部門へ来院した。女性は第1子出産から11週間後であった。患者は来院する1週間前から鼻漏、喉の痛み、咳嗽が出始めた。症状が出てから4日目に、喘鳴や呼吸困難が悪化したため救急クリニックを受診した。気管支炎と診断され、プロメタジン、デキストロメトルファンシロップ、5日分のアジスロマイシンが処方された。
その次の3日間、腹部の不快感、吐き気、嘔吐、下痢、および膣からの出血を認めた。また患者は、皮膚や目に黄疸がありそれが進行していることに気づいた。来院した日の朝にはふらつきを感じ、ベッドから起き上がった際に失神し、顎を裂傷した。ボーイフレンドが救急隊(EMS)を呼び、患者の家に派遣された。
EMSによる評価では、患者には黄疸と発汗が認められ、疲労した様子であった。心拍120bpm、血圧82/56mmHG、呼吸数22回/分、SpO2は100%。右方注視で眼振が認められた。また、腹部に膨満が認められ、右下腹部に圧痛があった。末梢血糖値は121mg/dL(6.7mmol/L)で、心電図は洞性頻脈を示していた。静脈内輸液と酸素(経鼻カニューレで2L/分)の投与が開始され、救急部門へ搬送された。
Dr.志水はこう読む!
Fast Forwardで考える
18歳の女性が出産11週後に受診した。その理由は急性肝障害とのことだった。もともとは、7日前に、鼻汁、咽頭痛、咳嗽、いわゆる急性上気道炎を発症し、近医を受診している。まずこの時点においてはウイルス性急性上気道炎が直観的診断で浮かぶが、そこからPivot and Cluster Strategy(※)を展開しても、想起される鑑別疾患群は広大である。このように鑑別が絞り切れないときどのように考えるか。この場合、筆者は診断戦略における戦術の一つ“Fast Forward(FF)”を使用する。プレゼンテーションの時点から時間を早回しするとどのようなことが起こりうるかを予測する戦術である。FFの使い方は様々だが、緊急度を考慮した鑑別の重みづけをするときにも有用である(※※)。最初は上気道炎の表現、そのまま5日以内に症状が軽快する…のではなく、悪化する場合、である。上気道炎が進展して下気道に行く場合(例えば肺炎)が典型かも知れない。時間軸に解剖学的アプローチを組み合わせれば、上気道の周囲にある組織、例えば扁桃腺(扁桃腺炎や扁桃周囲膿瘍)や咽頭後部(咽後膿瘍)、静脈(血栓性静脈炎)などの疾患も想起される。病因論的アプローチからは、特に全身性疾患の表現も考慮する。FFのポイントは、これから起こりうることを網羅的に予測することにあるが、その中でも緊急性の高いものを優先的に考えることは、急性発症のケースでは特に重要である。そのためにも、病歴を整理し、緊急性が高くなりうるものを洗い出す必要がある。
※ Pivot and Cluster Strategy:直観的診断を軸(Pivot)とし、その疾患に近い鑑別疾患群(Cluster)を同時に想起し、見逃しを防ぐ戦略
※※ FFの中でも、この危険な病態を優先して考えることを“Killer Forward(KF)”と呼ぶ
病歴の整理→緊急性の高いものは?
もともとの病歴は、いわゆる感冒状態であったが、ここまで悪化している。これは緊急性の高い“Killer cold(感冒症状を呈する致命的な疾患)”である。このKiller coldの傍証がないか、ただのかぜと考えるには重症感が強いと感じた時には、FF(またはKF)を用いてKiller coldの疾患群(表★)を必ず考えるとよい。本症例の情報では肝機能異常が来院のきっかけになったということで、最も危険な状況の劇症型肝炎を念頭に置くことがリスクヘッジに有用だろう。
劇症型肝炎の鑑別も幅広い。ここで、褥婦に限定しなければ①肝細胞障害、②肝虚血/鬱血、③薬物・毒物をまず考える。③の薬物で最も有名なのはアセトアミノフェンである。本症例においては、産後の会陰痛などで過量服用していればありうるだろう。またはそれ以外のアルコールも含めた薬剤、市販薬、また食物(キノコが有名)で肝障害が出ることも考えられる。そのため、これらを摂取したことがあるかどうか、もう一度洗う必要がある。
②の肝虚血/鬱血については産後11週の間に特段のエピソードもなく、可能性は低い。①の肝細胞障害の原因は様々だが、肝炎ウイルスやヘルペス族、HIVといったウイルス性肝炎、また若年ということで、代謝性疾患であるウィルソン病、自己免疫性肝炎という自己免疫疾患も考慮する。腫瘍や脂肪の浸潤性も鑑別に挙がるが、特に悪性疾患については若年ということもあり考慮しにくい。
患者の特徴から鑑別を挙げる(年齢・性別・前病歴など)
次に、患者の医学的なバックグラウンド情報を考える。まず、産後という情報。産後で単に肝酵素が上がることはよくある。また、産後の安定しない時期、季節はいつだったのだろうか。上気道炎をはじめとしたウイルス感染症、アデノウイルスはもちろん、エプスタイン・バーウィルス(EBV)、サイトメガロウィルス(CMV)、またHIVや、もちろん肝炎ウイルスでも肝酵素が上がる。産後+肝機能上昇ということで言えば産後のHELLP症候群が稀に起こることはある。この場合、今回の急性肝障害はどれくらいの数値(肝機能異常)かはわからないが、肝梗塞などを伴えばAST、ALTは4桁ということもあるだろう。
ここまでの情報をふまえ、鎮痛薬やその他薬剤の使用、輸血の既往、肝障害の家族歴、フィジカルでは皮膚、黄疸、肝腫大と肝叩打痛の所見、眼や神経学的所見に加え循環血液量の評価、また血算と肝機能の数値の確認が必要である。肝炎ウイルス及びHIV、EBVやCMVのパネルも調べておきたい。頻度は低いが、抗核抗体、銅パネルも次の策として考慮しておく。
今回のCase Records原文ではこの後、症例検討のための情報として、各種検査結果や診断画像など、様々な情報が提示されます。病理医による診断の確定や、患者の管理にまで言及されるため、包括的に症例を検討することができる非常に有用な記事です。
一方、症例の提示部で記載されている限られた情報から、「早送り」して可能性を絞り込んでいくという今回のような思考訓練は、迅速に精度の高い鑑別を挙げていく力を高めるためには非常に有効です。未来を見越して、現在の病態から鑑別を考えていくという思考方法によって、診断力が向上し、患者ケアにも大きく寄与するはずです!
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