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第2回 The New England Journal of Medicine 論文著者に聞く NEJMへの投稿・掲載のリアル
第2相試験-国際共同試験とNEJMへの掲載
そこからは効果の検証や安全性の確認です。この薬が有効で安全であるということを医薬品医療機器総合機構(PMDA)に納得してもらうのは大変でした。中外製薬の方と何度も会議をして、第1相、第2相試験へと進んでいきました。特に力を入れたいと思ったのは第2相試験で、しっかりと国際共同研究をすべきだと考えました。そこでThomas Ruzicka先生(ミュンヘン大学)、Jon M. Hanifin先生(オレゴン健康科学大学)と国際チームをつくって共同研究を進めることとなりました。Second authorのHanifin先生は、アトピー性皮膚炎における「ハニフィン・ライカの診断基準」のお一人として有名です。
今は少し変わってきているかもしれませんが、以前は、日本国内だけで臨床研究をしてもなかなかいいジャーナルには論文を出しにくかった。国際共同研究をやったことでNEJMに認められたという側面もあるのではないでしょうか。12週投与までの短期の結果は2017年にNEJMに掲載されました。
内容を簡単に紹介しますと、ネモリズマブを使うと患者のかゆみが速やかにおさまり、最大用量の2.0mg/kgだと約6割のかゆみを抑えることができました。もう一つの重要な点として、この抗体を使うと睡眠の質が上がります。これはアクチグラフィ(actigraphy)という装置を使って計測しています。アトピーの方はベッドに入ってもかゆくてすぐには眠れないことが多いのですが、この薬によって寝つくまでの時間が20分ほど短縮され、健やかな睡眠時間がトータルで40分ぐらい増えている。患者さんのQOLが非常に上がるわけです。
このときのNEJMのeditorialでは、「Th2細胞が出すサイトカインがかゆみに効いているのは、驚きである」と紹介していただきました。この論文のあと、第2相の長期試験の結果はJournal of Allergy and Clinical Immunology (JACI)に掲載されました。12週の後もネモリズマブの投与を続けるとかゆみが8~9割抑えられ、かゆみがおさまっていくとだんだん皮膚の症状もよくなり、皮疹のほうも6~7割おさまるという結果でした。
第3相試験-ふたたびNEJMへの掲載
次の第3相では、リアルワールドを反映させるため、ステロイド外用を併用し、ステロイドを使っている方がこの薬に切りかえても本当に効くのかを検証できるデザインにしました。参加人数も増やしました。第2相で国際共同試験をして結果が得られたので、今度は国内で速やかに行いました。これが2020年にNEJMに掲載された論文です。
Authorにある名前の数は限られていますが、全国の大学病院や医療施設の約60名の先生方との共同研究です。16週までのところが今回の論文で、52週の結果はこれからです。2週までのかゆみの変化率でも有意にかゆみが改善され、16週までにかゆみが4割ぐらい抑えられる。不眠重症度指数(Insomnia Severity Index)という睡眠の指標も、プラセボ群に比べて有意に改善しています。この薬がかゆみをブロックすることで、皮疹の増悪を防ぎ、睡眠の質も改善させます。これが今回の論文の骨子となります。
この論文では、サマリーとして約2分間の動画(Quick Take)をNEJMがわざわざつくってくれました。NEJMはジャーナル自身もすごく努力している。インパクトファクターの高さを支える要因の一つだと思います。
まとめ
ここまでの話を振り返ってみたいと思います。僕は、アトピー性皮膚炎という一つの疾患をずっと追い続けてきました。その20年くらいのあいだに生まれたいろんな人間関係が、今回の臨床試験につながりました。免疫を研究していると、どうしても免疫を抑えることばかりに目が行きがちですが、バリアやかゆみという別の方向に興味を持ったこともよかったかと思っています。自分の専門の学会にしか行かない臨床家も多いですが、僕は皮膚科と関係ない学会や基礎の学会に行くのが好きで、そのおかげで新たな出会いがありました。
また、いくら良い薬を見つけても、同じような分子をターゲットにした臨床研究がすでにあると、NEJMやLancetなどのトップジャーナルはあまり興味を持ってくれません。新しい分子標的であったことにも意義があったと思います。製薬会社と一緒に研究していくときに一番重要なのは、我々研究者の熱意だけではなく、その薬を臨床に持っていきたいという情熱が製薬会社の担当者にもあるかということです。中外製薬でネモリズマブの担当になった方はこの抗体のことをものすごく愛していて、効果があるかどうか正直わからないところから、何とかやろうという熱意が強かった。そういう方との出会いはすごく大切だったと思います。
英語論文の作成、とくに臨床研究の作法については、今回は論文作成のプロのサポートを受けて完成度が非常に上がりました。臨床論文に関しては、トップジャーナルに載せようと思ったら、そういうサポートも重要ではないかと思います。
対談・参加者からのQ&A
努力と効率
まず僕から皆さんに、先生の発表の補足をさせてください。10年以上近くで見てきて、先生のすごいところはいっぱいあるのですが、いくつかピックアップしたいと思います。一つ目は突き抜けた努力。これは圧倒的で、僕が絶対かなわないと思っている部分です。例えば、京大でご一緒させてもらったときはたしか5人か6人で同じ研究室でしたが、実験が終わって帰るのは大体深夜でしたよね。
ブラック企業ですね(笑)
先生はいつも一番遅くまで仕事をされていて、次の日の朝も早くから始められていた。とにかく圧倒的に努力をし続けられている姿を常に見ていました。
大学院生のときに指導してくださった成宮周先生が、本当に研究を愛されていたことに大きな影響を受けています。研究の結果以上に、自分の好きなことを見つけてとことんやることが大切なのだと教わりました。大学院生のときなんか、あまり休む必要がないというか、休日に休むことの意味がよくわからないと思っていました。世の中は休日であっても自分は別に疲れていると感じていませんでしたし、また、研究は世の中でずっと進み続けている訳ですから。研究が好きだからたとえ長時間でも苦になりませんでした。今でこそ、ランニングをしたり息抜きをしたりしていますけど。
圧倒的な努力に加えて、先生は実験の効率もいいですよね。マルチタスクというか、複数の仕事を同時に走らせるのがすごい。昔からそうだったのですか?
効率はすごく大切ですね。人間が持っている時間は限られているので、何が一番時間的な制約になるのかを当然考えるべき。でも、慣れないときはいっぱい失敗して時間を損しましたよ。手を抜いたせいで結局実験がだめになったとか、悔しい経験をいっぱいしたことで、今度はこうしよう、と思える。積み重ねが大きいでしょうね。
近畿大学の大塚 篤司といいます。よろしくお願いします。椛島先生とは18年ぐらいのつき合いです。初めてお会いしたのは私が研修医で、椛島先生がちょうど大学院を卒業された年。その後、椛島先生がAKプロジェクトに来た2008年から、2021年3月末まで先生のもとで働かせてもらっていました。