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Event Report

オンラインイベント

(火)

第1回 The New England Journal of Medicine 論文著者に聞く NEJMへの投稿・掲載のリアル

The New England Journal of Medicine(NEJM)は、世界でもっとも権威ある週刊総合医学雑誌であり、NEJMに論文が掲載されることは医学研究者にとって大きな出来事であり続けています。しかし、日本人による論文掲載数は年間でも数本程度であり、きわめて少ない現状です。

南江堂によるオンラインイベント「The New England Journal of Medicine 論文著者に聞く NEJMへの投稿・掲載のリアル」では、NEJMに論文が掲載された医師や研究者をお招きし、投稿から掲載の過程や、その後の反響などをお聞きします。

第1回目となる今回は、昨年から今年にかけて論文がNEJMに掲載された著者2名にご登壇いただきました。

講演者
奥村 謙
奥村謙氏の顔写真
済生会熊本病院
循環器内科
不整脈先端治療部門
最高技術顧問
河野 隆志
河野隆志氏の顔写真
国立がん研究センター研究所
ゲノム生物学研究分野
分野長
モデレーター
市川 衛
市川衛氏の顔写真
医療の「翻訳家」/
READYFOR(株)室長/
(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員 准教授

講演:超高齢ハイリスク心房細動患者における脳梗塞予防へのチャレンジ

奥村

第1回目のイベントでこのような機会を得たことを誇りに思っています。NEJMをはじめとするハイレベルなジャーナルを目指される研究者の方々に多少とも参考になれば幸いです。

2020年10月のThe New England Journal of Medicineに掲載されました、「超高齢心房細動患者に対する低用量エドキサバン(Low-Dose Edoxaban in Very Elderly Patients with Atrial Fibrillation)」(ELDERCARE-AF試験)の概略を述べます。

背景:超高齢化社会と心房細動

皆さんもご存じのように、日本人の高齢化は年々進行しており、今後はさらに世界に類を見ない超高齢社会を迎えることになります。

年齢とともに有病率が増加する心房細動はさまざまな問題につながりますが、とくに心原性脳梗塞が起こると約半数の方が歩行困難、寝たきり、死亡に至ります。したがって心房細動の患者さんでは脳梗塞予防が重要であり、そのために抗凝固療法が必要になります。

抗凝固療法に従来使われていたワルファリンはコントロールの難しい薬で、とくに高齢者になるほど重大な出血のリスクが増加します。現在はワルファリンより出血リスクが少ないとされる直接阻害経口抗凝固薬(DOAC)が開発、市販されており、今回の臨床試験で取り上げたエドキサバンを含む4種類のDOACが使用されています。

エドキサバンは、ワルファリンとのランダム化比較試験(ENGAGE AF-TIMI 48、2013年にNEJMに掲載)で有効性・安全性が証明され、日本でも心房細動に対し2014年に保険適応となっています。しかしこの試験の登録者(21,105例)のうち80歳以上はわずか17%で、高度腎機能低下や大出血既往など高齢者に多い出血ハイリスク例は除外されています。これは他のDOACの臨床試験でもほぼ同様で、超高齢の出血ハイリスク例はそもそも試験から除外されているためにデータがなく、エビデンスがありません。これをknowledge gapと呼びます。

このために、リアルワールドでは超高齢、出血ハイリスクの患者さんには抗凝固療法がなされていない方も多く、DOACを投与する場合もオフラベル低用量を含め、手探りで行われているのが現状です。

論文の概要

そこで、承認用量のエドキサバン(通常量は60mg 1日1回で減量基準を満たした例には30mg)より低い用量である15mg 1日1回投与の有効性と安全性を検証するために、ELDERCARE-AFという臨床試験を実施しました。参加者は平均年齢86歳の超高齢で、出血ハイリスク例、高度腎機能低下例が多数含まれています。臨床研究を遂行することが困難と思われる方が多く含まれていることが本試験のもっとも大きな特徴であり、非常に高いハードルとなりました。

イベント中の奥村先生の写真
奥村先生 イベント中

試験デザインは多施設・無作為化・プラセボ対照・二重盲検比較試験で、結果を簡単に述べますと、80歳以上・高出血リスクで通常用量の抗凝固薬が使用困難な非弁膜症性心房細動患者に対して、エドキサバン15mg(492例)はプラセボ(492例)に比較して脳卒中・全身性塞栓症を有意に減少しました(ハザード比0.34、P<0.001)。一方で大出血は増加する傾向があり(ハザード比1.87、P=0.09)、特に消化管出血の発現は有意に増加しました(ハザード比2.85、95%信頼区間1.03~7.88)。ただし、頭蓋内出血の増加はなく(エドキサバン2例、プラセボ4例)、致死的出血は幸い認められませんでした(エドキサバン0例、プラセボ2例)。以上より、超高齢、ハイリスクの心房細動患者に対してエドキサバン15mgの1日1回投与は妥当な選択肢と捉えることができると思います。現在、エドキサバン15mgは用量追加承認申請中です。

1990年前後に行われたワルファリンの試験のメタ解析では、ワルファリンはプラセボに比較して脳卒中・塞栓症のリスクを62%減少しました。一方、今日使用されているDOACの臨床試験では、全て標準的治療であるワルファリンとの比較で有効性、安全性が検証されています。

それに対して本研究はプラセボ対照で行いました。そして、エドキサバン15mgはプラセボに対して66%リスクを減少しました。つまりワルファリンとほぼ同等のリスク減少率が示されたわけです。プラセボとの比較で有効性(脳卒中・全身性塞栓症予防効果)を初めて示したDOACの臨床研究と言えます。

チャレンジングなプラセボコントロール試験

市川

研究の意義が非常にわかりやすく伝わってきました。ENGAGE AF試験において、ワルファリンほどではないにしても超高齢層ではエドキサバンも大出血の可能性が上昇することが示されていました。今回改めて大規模な試験を行うにあたり、有効性が本当にあるのか、また倫理的配慮は十分なのかなど、どのような議論があったのでしょうか。

奥村

以前のENGAGE AF-TIMI 48試験の結果から、今回のエドキサバン15mgは効果の面では有効であろうと推察していました。一方、安全性については、出血ハイリスク例に対して、その半数に少量とは言え抗凝固薬を投与するわけですから、懸念がなかったわけではありません。したがって、独立した安全性モニター委員会の定期的な判定結果(データは機密保持され、試験継続が妥当かどうかを判定)を常に注視していました。では、有効性、安全性を何と比較するか(基準となるcomparatorを何にするか)。第1に、ワルファリンでは、いかにコントロールしても大出血が大幅に増えてしまう可能性が高い。第2に、アスピリンは無効であることがわが国から示されており、comparatorとしては不適当。第3に、薬剤の有効性を示すにはプラセボコントロールこそがもっとも重要で確実。ただ、プラセボ群では治療がなされないわけですから、現在では標準的治療に試験薬またはプラセボをアドオンすることが一般的です。ところが、この試験の対象となる患者には先の理由からワルファリンが使いにくく、標準的治療はない。ENGAGE AF試験の結果、日本人でのデータも検討し、倫理面でも十分に配慮した上でプラセボ対照比較試験としました。

市川

最近の臨床試験でこれほど大規模なプラセボコントロールはなかなか見ることができないというのが一つの意義でしょうね。プラセボコントロールというのは、未踏の大地に踏み出していくような、挑戦しがいのある研究だと思います。もっとも気になさったのはどういうところでしょうか。

奥村

対象となった患者群は、何らかの理由(高リスクや出血既往など)で予防治療がなされていないか、または中断されたか、あるいは不適切な予防治療(ワルファリンであればコントロール不良)がなされていた方がほとんどです。プラセボ投与群では多くはその状態が継続されることとなるわけで、脳梗塞のリスクはそのままとなります。一方、エドキサバンは抗凝固薬ですから、脳梗塞リスクは低減される可能性がありますが、出血リスクは高くなる可能性があります。非常にチャレンジングで、ご協力いただいた患者さんには本当に感謝しています。また研究に参加いただいた164施設の先生方、スタッフの方々に感謝申し上げます。

市川

プラセボコントロールに新たに踏み出す際の心構えとして、何のためにこの試験をやるのか、除外基準をどうつくればいいのか、用量はどうすればいいのか、先行研究も含めて精緻に検討なさった上で、バランスを見つけていかれたのかなと伺いました。