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(火)

第1回 The New England Journal of Medicine 論文著者に聞く NEJMへの投稿・掲載のリアル

母親の子宮頸がんが子どもに移行する現象を発見

河野
イベント中の河野先生の写真
河野先生 イベント中

我々は、「子宮頸癌を有する母親から新生児への癌の経腟伝播(Vaginal Transmission of Cancer from Mothers with Cervical Cancer to Infants)」というタイトルで、症例報告という形でNEJM 2021年1月号のBrief Reportに採択していただきました。国立がん研究センター中央病院小児腫瘍科の医師である荒川歩先生がFirst Author、同科長の小川千登世先生がLast/corresponding Authorですが、本日は遺伝子データを解説する部分が多いので、co-contributorの私、研究所ゲノム生物学研究分野の河野が発表します。

我々の論文は症例報告ですので、率直に言えば、非常に珍しい、貴重な症例だったということに尽きます。出産時に、羊水を介して母親から子どもへとがん細胞がうつり、肺の中に広がったと考えられる症例です。

背景:遺伝子パネル検査の現在

国立がん研究センターでは長らくがんゲノム医療に結びつく遺伝子の検査の研究を行っています。遺伝子パネル検査は2019年6月から保険診療になり、2020年11月末までに既に1万例以上の方が検査を受けられています。

現時点では、全国に200カ所以上あるがんゲノム医療病院で条件を満たす患者さんに遺伝子の検査を行い、エキスパートパネルで治療法を探索していきます。パネル検査の結果と診療情報は、がんセンター内のがんゲノム情報管理センターに集約されています。

保険診療で行われるパネル検査のうち、NCCオンコパネルは、がん組織と末梢血を使用して114個の遺伝子の変異、融合、増幅を一度に検査できるというもので、国立がん研究センターの私たち基礎研究者と臨床研究者からなる共同チームによって開発されました。2012年から基礎研究として始まり、2013年から前向き臨床研究TOP-GEAR projectのなかで、標準治療の終了が見込まれる患者さんや希少がんで標準治療がない患者さんを対象にシークエンス解析を行いました。対象の年齢も成人のみから徐々に16歳以上、1歳以上とし、小児がんまでカバーしていきました。

論文の概要

今回の2例はこの臨床研究にご参加くださった患者さんで、23カ月の男の子と6歳の男の子です。遺伝子パネル検査を行うなかで、First Authorの荒川先生とLast Authorの小川先生が、2人の男の子にそれぞれの母親の子宮がんがうつったのではないかと、臨床医の目でつかまえられたのです。

論文のポイントは、①子どものがんは母親の子宮頸がんの移行によるのではないか。②1例では免疫チェックポイント阻害剤のニボルマブが劇的な効果を示した。③子宮頸がんがなくなれば子どもに移行することもなくなるという警鐘です。

もともと母親のがんが子どもに移行する現象自身は新しいものではなく、非常にまれですが症例報告レベルでは古い年代からあります。今までは基本的に、胎盤、血流を通じてがんが移行すると言われてきました。そのような症例では、がんはまれな臓器や多種の臓器にわたっていることが非常に多いのですが、今回の2例ではがんは肺の中のみにあり、胎盤を介さない経路と考えられます。そこで、がん細胞は羊水を介して、口から気管支を通して肺に直接移行したのではないだろうかという仮説に至りました。

NCCオンコパネルで今回のお子さんの肺がんを調べたところ、他人の遺伝子が混入していました。このような場合、通常は検査の過程で他人のDNAがまじった不良の検体とみなして検査をやり直します。しかし別の検体でやり直してもやはり同じような結果でした。そこで母親の子宮頸がんの検査結果と比べたところ、一致性からこれは母親のがん由来なのではないかと考えられるようになった。がん組織と血液の両方を調べる検査だからこそ、ドクターがこういうことに気づかれたということです。

私たちの研究室では論文をいくつかトップジャーナルにpublishしていますが、最初の投稿ではいったんrejectionとなり、再投稿で掲載されたものが多いです。やはり、論文が掲載されるまでには粘りが必要ですね。

今回のNEJMも当初はrejectionでした。ですが、いくつかの追加データの要求コメントが付いていたので、いろいろな実験をしてデータを補強し、再投稿し採択されました。

症例報告の新規性・意義

市川

臨床とゲノム解析の融合ですね! 言及されていたとおり、母親の腫瘍が子どもに移行するケースはこれまでも症例報告があったなかで、今回、NEJMがこの症例報告の新規性もしくは意義を認めたのは、どこが一番のポイントだったのでしょうか。

河野

胎盤からの血流性ではない経路で移行したかもしれないということですね。実際に羊水を介して移行したという直接的な証拠はありませんが、可能性がきわめて高いと示せたことが一番大きかったのかなと思います。あとは付加的ですが、免疫チェックポイント阻害薬の治療データがあることも話題性があったのだと思います。

市川

次世代ゲノムシークエンスを使ったことは、新規性とはとられなかったのですか。

河野

次世代ゲノムシークエンス検査自体は既に日本でも保険診療で行われており、海外ではそれより前からあるのでそれほど目新しいことではありません。ただ、過去の症例報告は全て次世代シーケンサーが臨床導入される前で、変異のパターンをここまで比較した報告はなかったので、プラス要素にはなっていると思います。ですがNEJMに採択されたのはやはり現象のほうで、臨床家の視点・発見が高く評価されたのではないでしょうか。