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(火)~
第1回 The New England Journal of Medicine 論文著者に聞く NEJMへの投稿・掲載のリアル
Q&A
NEJMを投稿先に選んだ理由
今回の臨床試験は、先ほどお話ししたように、非常に難しい臨床試験でした。恐らく、今後こういう臨床試験はないんじゃないか。そのような試験の結果をより高いレベルのジャーナルで発信したいということは誰しも考えることであり、僕たちも試験計画書ができた当初から、これはNEJMを目指そうと考えていました。試験期間中もずっとそうなるだろうと信じていましたね。
やはりNEJMの信頼性の高さですね。信頼性が高いということは、逆に言えば、レビューのプロセスもそれだけ厳しいということです。実際、多くの新しい薬剤等はNEJMでその有効性、安全性が検証されて世に出ています。我々もそれを目指しました。
視座の高さをこれほど強く感じたことはないかもしれません。河野先生はいかがですか?
私たちのほうも「がんの新しい原因を見つけたのだから、NEJMに投稿すべきでしょう」という意見で投稿に踏み切りました。ただ、最初から意見が完全にそろっていたわけではありません。投稿後、何回かreviseが続いていって、「本当に通るかも……」となったときに一致団結となったと思います。
奥村先生に質問が来ています。「きわめて臨床的意義の高い研究だと思いました。仮に結果がネガティブであった場合でも、NEJMに投稿されたでしょうか」。
プラセボコントロールであり、先行する試験があったことからも、試験を最後まで行うことができれば有効性は示すことができると考えていました。ただ、問題は、超高齢で出血リスクも高い方々が対象であるために、参加者がほかの原因で亡くなるなどして脱落者が増えることでした。そうすると臨床試験自体の遂行が困難になります。そこが一番難しかった。協力してくださった先生方のご苦労も相当多かったと思います。
そのあたりは、人事を尽くすという前提ですが、賭けであった部分もあったと。
超高齢社会である日本や、心房細動患者さんの老化を考えると、これは必要な臨床試験です。抗凝固薬の有効性はこれまでに証明されていますが、超高齢者でのきちんとした有効性・安全性を見ておかないと、ハイリスク例には適用できないですよね。それだけ我々もちゃんとデータに基づき、信念を持ってやっています。
掲載までの道のり
続いての質問です。「採択されるに当たって苦労した点はどういったところですか」、「掲載されると確信に至ったのはいつごろでしたか」。奥村先生はいかがでしたか?
2019年11月5日に必要としていたイベント数が集まり、この研究の終了宣言をしました。この時点でNEJMにpre-submission inquiryを出しました。こういう臨床試験を何とか完遂することができた、2020年の春頃にはトップライン結果が得られるだろうという内容です。すると、3日後にNEJMから返信が来ました。「いつ終了するかを知らせてくれ」と、非常に前向きな姿勢でした。4月に最初のトップライン結果を得て連絡すると、そちらにも最初から関心を示してくれました。
ここまでは非常によい流れでしたが、6月12日に論文を書き終えて提出したところ、全部で実に80ぐらいのコメントが返ってきました。これに1週間以内に答えろということで、ほとんど寝る暇もないくらいに時間を割きました。2回目のdecisionでは18のコメントがあり、こちらはわりに簡単でした。
査読のコメントはかなり多く、内容も多岐にわたりました。統計解析が妥当かどうかから、既存の抗凝固療法が困難と判断された理由、同意撤回あるいは死亡のリスクの解析。先ほど述べたような、なぜプラセボ対照試験としたのか、倫理的に問題ではないのかという、研究の最初から考えていたところも随分議論をしました。これらを何とかクリアできて、7月28日にacceptに至りました。
NEJMに投稿するに当たって、質の高い臨床研究を行うためには何が必要なのか。まず挙げられるのはアンメットニーズに対応しようとしていること、研究のプロトコルと統計解析計画書がきちんとしていることです。また、今回のような対象では患者さんを登録することが難しく、皆さんに相当努力していただきました。試験中に問題になる出血のリスクは、独立データモニタリング委員会に期間ごとに常にモニターしていただきました。加えて、臨床研究にはお金がかかることも重要ですね。今回は臨床治験ですから、企業からの資金で行われました。
改めて河野先生に伺います。NEJMに投稿されてからさまざまなコメントがあったとのことですが、そのやりとりはどのように進んでいきましたか。
我々の論文は当初はrejectだったので、奥村先生のような返信の締め切りは一切なく、もう一度出す気があるなら出してきなさいという感じでした。ただ、さまざまなコメントや提案が具体的に書かれていたおかげで、rejectながらも「いけるんじゃないか」と、その時点でやる気になりました。その後、研究所や臨床検査科の先生方が迅速に動いてデータを出してくださったことが大きな力になりました。
奥村先生のような臨床試験の場合には、研究がどのように組まれているかがまず評価されるのでしょうが、基礎の論文の場合、特にトップジャーナルでは、要求コメントには十分すぎるくらいに答えたほうがいいと言われます。つまり、最低限要求に答えるのではなく、「こんなことをやってみたら」という提案にも徹底的にデータをつけ、さまざまな側面から証明するということです。
周りを巻き込んでいくときに、先生が大事だと思っていらっしゃることは何かありますか。
まずは自分が最初に一番動くことだと思っています。多数のコメントで、やるべきことは何十と示されていましたので、これはできそう、これは難しいと割り振って、First Authorの荒川先生方と一緒に主体的に動きました。ほかの方に協力を依頼するときには、依頼内容をなるべく具体的に、はっきりと伝えました。こういうデータを写真形式でとってほしいとか。本当に、多くの先生がすごく迅速に動いてくださって、結果が一気に集まりました。それが非常によかったと思います。
Reviseの過程
ほかのご質問として、「NEJMでは編集者の手が入って、最初と最後では文面が結構変わってしまうと聞いたことがありますが、そういったことはありませんでしたか」。
実際かなり手が入れられました。僕はこれまでにもトップジャーナルに論文を書いてきましたが、やはりNEJMやJAMAはエディターが非常に手を入れてきます。ジャーナルが自分のスタイルでデータやディスカッションを公表しようということのあらわれではないかと思います。
そういった場合、自分の意図するところとちょっと違うなと思われるようなことはなかったですか。
こちらの意図と異なるのはもちろん反論しますけれども、トップレベルのジャーナルによる提案は的を射ていたのではないかと思います。より読みやすくて理解しやすい内容になったのではないかと、ありがたく思っています。
私のほうもかなり手は入りました。書きかえられて意味が変わってしまっているようなところも結構ありましたね。acceptになった後も、ゲラが届いてはそれに応えて文章が変わっていくというのを、3回、4回繰り返しました。最後のゲラはたしか元日の朝に届いて、小川先生方と直しました!
奥村先生が言われるように、トップジャーナルほど書き換えられると思います。私が初めてトップジャーナルを経験したのはNature MedicineのBrief Communicationで、非常に短いアブストラクトでしたが、ほとんど全部書きかえられちゃいましたね。
掲載後の反響や変化
最後に、掲載されたことの反響や、それによる変化についてうかがいます。
僕の臨床試験は第Ⅲ相の臨床試験で、このデータをもとに承認の内容の変更を申請中です。承認用量として使用できるようになれば多くの患者さんの脳梗塞予防につながるため、インパクトの大きい研究であったのではないかと思います。一方で、大出血に細心の注意をしながら治療に当たる必要があることも、今回の試験からわかりました。
研究者同士でのやりとりをメインに使っている私のTwitterアカウントでは、いつものツイートは「いいね」が20件くらいですが、これを発表したときには3,400件つきました(笑)。
一方、公表がむやみに妊娠中のお母さんの不安を助長してしまうことも恐れていましたね。臨床の先生方は「自分は子宮頸がんの検査をしたほうがいいんでしょうか」と患者さんから聞かれて、がんの母子間の移行は稀なので、通常の診療が大事だと答えたこともあったと聞いています。
高額な遺伝子パネル検査を行っても薬にたどり着く人は10%程度で、これを保険診療とする意義があるのかという議論がしばしばあります。しかし遺伝子の検査が医療に入っていくことで、ドクターの目で初めてこういう新しい現象が見つかることが医療の大きな力となります。
小児がんを検査して他人の配列が出てきた場合、必ずしも検体不良ではなく、母親のがん由来という可能性が考えられるというのが今回の研究の意義の一つです。このような研究が医療現場に入り、ドクターたちが丁寧に診療されると、また次の発見に結びついていくのではないかと思っています。
お二人とも、いかにNEJMに掲載されるかにとどまらず、深い研究の論点、保険診療のこと、若い世代へのメッセージも含めてお話しいただいたと思います。本当にありがとうございます。参加者の皆様も心のなかで、あるいは本当に手をたたいて、拍手でお称えください。
これからはNEJMとのやりとり、苦労したこと、その後の反響などがテーマになります。奥村先生、河野先生、それぞれに質問もたくさん来ております。まず、「NEJMを投稿先に選んだきっかけは何でしたか」。ジャーナルはいろいろあるなかで、なぜNEJMに投稿したのですか?