NEJM年間購読の
ご案内
一覧へ戻る

Event Report

オンラインイベント

(水)

第3回 The New England Journal of Medicine 論文著者に聞く NEJMへの投稿・掲載のリアル ―臨床研究を成功に導く生物統計学―

南江堂によるオンラインイベント「The New England Journal of Medicine 論文著者に聞く NEJMへの投稿・掲載のリアル」では、NEJMに論文が掲載された医師や研究者をお招きし、投稿から掲載の過程や、その後の反響などをお聞きします。

第3回目となる今回は、2022年4月にNEJMに論文が掲載された森本 剛先生と、モデレーターとして夏秋 政浩先生にご登壇いただきました。

講演者
森本 剛
森本剛氏の顔写真
兵庫医科大学
臨床疫学
教授
モデレーター
夏秋 政浩
夏秋政浩氏の顔写真
佐賀大学
循環器内科
講師

講演:「Endovascular Therapy for Acute Stroke with a Large Ischemic Region」が掲載に至るまで

研究の背景

森本

私は最初から統計家だったわけではなく、もともとは総合診療医でした。ただ、総合診療医としてのアカデミックなバックボーンがなかったので、ハーバード大学の公衆衛生大学院やBrigham and Woman’s Hospitalの総合診療科へ研究留学をしていました。さまざまな疾患の「研究」が診られる総合診療医・統計家というかたちで、手法はメタ解析から実験医学、データベース研究まで、分野は医療の質から小児科、眼科まで、ありとあらゆる研究に携わっています。また、現場の臨床医の先生方にもある程度の統計の素養やリテラシーを持っていて欲しいと思っていて、ここ15年ほどさまざまな場所で臨床研究の教育をおこなっています。

2013年12月に日本で急性脳主幹動脈閉塞症に対する血管内治療が承認され、翌年10月にRESCUE-JapanのRCT(ランダム化臨床試験)およびRegistry研究が開始されました。登録開始から2ヵ月後の2014年12月、同じテーマの論文がThe New England Journal of Medicine(NEJM)に掲載され、急性脳主幹動脈閉塞症に対して血管内治療をしたほうが、しなかった場合よりも予後が良好であることが分かりました。

血管内治療とは、血栓が詰まっているところに吸引カテーテルやステントリトリーバーを入れて血栓を回収して血流を回復するという治療です。劇的に予後が良くなりますが、頭の中に器具を入れるので、当然ながら脳出血が起こるリスクもあります。リスクとベネフィットをきちんと分析しなければならない。そのためにRCTが必要です。

2500例ぐらいのRegistryを実施して、2018年にRegistryとしてのファーストレポートを出しました。 Registryをきちんとやれば実が多くて、その後、脳卒中領域のトップジャーナルであるStroke誌に4報掲載され、その他にも多くの論文が出ました。それぞれの著者が独自の観点でバラバラに分析するのではなく、全員で会議を重ね、私が解析の仕切り役のようなことをして論文を出し続けられるようにしました。

広範囲の脳梗塞に対する血管内治療の論文もStroke誌に掲載されました。当時血管内治療が適用ではなかったASPECTS(註:中大脳動脈領域10箇所の虚血の有無や広がりを評価する指標で、点数が小さいほど脳梗塞の範囲が大きい)が6未満の550例のうち、170例に治療をし、治療をしなかった330例を比べると、予後が良いことが分かったのです。これをもとに、ASPECTS 3~5という広範囲の脳梗塞に対して血管内治療を評価するRCTを企画して、発症90日後のmRS(註:脳卒中発症後の生活自立度を評価した基準で、点数が小さいほど後遺症が少ない)を評価することにしました。

論文の企画と執筆

イベント中の森本先生の写真
森本 先生

主要評価項目は研究の企画時点で決めなければなりません。2015年のRCTを含めて、過去はmRS 0(症状なし)~mRS 2(介助なしで自立)なので、それらと揃えようという意見もありました。ところが、今回はもともとの登録対象が広範囲脳梗塞患者なので、mRS 0~2の達成率は低く、それをターゲットとした場合は大幅に症例数が増えます。もともと重症なので、mRS 0~3(補助なしで歩行)を達成できれば良しとしようということにしました。

症例数設計は先ほどのレジストリデータから、非血管内治療群のmRSの達成率は同じ程度だろうということで、12.5%を予測しました。Registryとほぼ同じ施設でRCTを実施するため、結果もほぼ同じだろうとは予測できるのですが、観察研究であるregistryでは経過が良さそうな人を選んで治療する傾向があるので、効果が過剰評価される可能性が高くなります。ここはなかなか臨床的なセンスが要りますが、registryの調整オッズ比3.42から20%を割り引いて、オッズ比2.7でRCTを企画しました。

最終結果は、非血管内治療群のmRS 0~3の達成率が12.7%で、ほぼドンピシャでした。血管内治療のmRS達成のオッズ比は3.07で、こちらも2.7に近く、ほぼぴったりの値が出てきました。最初にきちんとした展望を持って、勝てそうな確率で研究を企画することがとても大事です。

2021年6月、ターゲット学会とジャーナルを決定しました。International Stroke Conference(ISC) 2022は2月9日から開催予定で、late-breakingの抄録締め切りが11月3日でした。そしてNEJMにもチャレンジし、できれば学会と同時にリリースしたい、という話になりました。そこから逆算して、遅くとも学会の2ヵ月前、2021年12月の第1週に投稿しなければならないと判断しました。

9月から11月はすべてが同時並行という状態でした。学会抄録と論文の執筆も始めました。一緒に書いたメンバーはみな臨床医なので、夜に呼ばれたり外来があったり当直に行ったりと、そう簡単に時間が空けられません。そこで合宿をしました。ISC抄録締め切りに合わせて、その前後の数日間、3人で山に籠もりました。データ整理や解析の手分けをしながら、私はそれらを集めてひたすら書いていきました。同時に、提出用のプロトコルとSAP(統計解析計画書)の英訳をしてもらいました。