The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE

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著者インタビュー03

日本における市民による
電気ショックと院外心停止Public-Access Defibrillation and Out-of-Hospital Cardiac Arrest in Japan

2016年10月27日号の The New England Journal of Medicine(NEJM)に、北村哲久先生らの日本における市民による電気ショックと院外心停止に関する論文がSpecial Articleとして掲載されました。
同研究チームによる報告は2010年にも NEJMに掲載されています。

論文の責任著者である石見拓先生と筆頭著者である北村哲久先生にお話を伺いました。

石見 拓 石見 拓

石見 拓
京都大学
環境安全保健機構
健康管理部門/
附属健康科学センター
教授

北村 哲久 北村 哲久

北村 哲久
大阪大学大学院
医学研究科
社会医学講座
環境医学教室 助教

国家レベルで普及したAEDが、院外心停止者の救命にどれだけ寄与しているかを示した研究結果

-研究の背景を教えてください。

〈 北村 〉
日本において院外心停止は年間約12万件発生しており、そのうち心臓突然死が約7万件を占めます。日本では2004年7月の法改正でAEDが公共の場で使うことが許可されました。また2005年から、日本全体でウツタイン様式という国際標準の記録様式による院外心停止の症例登録が始まり、AEDが普及した時期とレジストリが開始された時期が一致しています。国家レベルでAEDが社会に普及していくことで、院外心停止者の生存や予後がどのように変化していくのかを検証できるという背景がありました。
2016年10月に発表された論文では、2005年から2013年までの症例を解析対象としています。日本全国のAED設置台数は2005年に約1万台であったのが、2013年には約43万台にまで増えています。また、AEDの普及とともに、心停止者に対して実際に電気ショックが実施された割合も大きく増えています。

-前回、2010年に掲載された論文と異なる点はどのようなところでしょうか?

〈 北村 〉
前回の論文では2005年から2007年までの登録症例を対象としていましたが、今回はさらに観察期間を延ばし、長期的にどのような変化が生じているかという点を示しました。

〈 石見 〉
観察期間を長くしたということに加え、寄与生存数を示したという点も新しいポイントです。寄与生存数は、市民による電気ショックを受けた場合とそうでない場合の院外心停止者の社会復帰率を比較し、AEDが救命にどれだけ寄与しているかを示す数値です。観察期間中の9年間の合計で835人と算出しました。

他誌と圧倒的にレベルが違った査読の厳密さ

-NEJMとのやりとりについて教えてください。

〈 北村 〉
論文を投稿したのは2016年の1月1日でした。年が明けてから世界でいちばん早く投稿しようと思って、1月1日の朝起きてすぐ投稿したのですが、すでに世界各国から10件程の投稿があるのを見て驚きました。論文が発表されたのがその年の10月なので、投稿から掲載までは約10ヵ月かかっていますね。

〈 石見 〉
NEJMとのやりとりにおいて、いちばん長く議論したのは、前述した寄与生存数の解釈です。当初、われわれの論文の書き方としては、AEDによって「これだけ多くの人が助かっている」という主張が含まれていました。その結論について、「本当にその解釈が妥当なのか。835人“しか”助かっていないとも考えられるのではないか」とNEJMから指摘され、その後のやりとりをもとに内容を膨らませています。結果として、元の文章からほぼ全面的に書き換えられ、原文はほとんど残っていません。NEJMの査読の厳密さを実感した瞬間でもあり、そのレベルは他の雑誌とは圧倒的に異なりました。われわれの研究チームは、幸いなことに、過去の論文も含めてNEJMとのやりとりを何度か経験させていただきましたが、その都度、査読を通じて論文の質が高まっていく感覚を覚えます。

〈 北村 〉
NEJMの指摘としては、論文ではあくまでデータを示し、そのデータの解釈は読者に委ねるべきという内容でした。それがNEJMのポリシーだと言い切られ、われわれとしてもそれに従ったかたちです。NEJMに掲載される論文のDiscussion部分の多くが、非常にニュートラルな書き方となっているのは、そのようなポリシーに基づくからであると納得しました。編集陣はわれわれの文章を見ているのではなく、データを見ているのだと感じました。もっとも、原文が残らないまでに修正されるのであれば、最初からDiscussionをNEJMのほうで書いてくれたらよかったのに、と思わないではありませんでしたが(笑)。

〈 石見 〉
基本的に、投稿した論文の内容は最初から好意的に受け取られていたと思います。国家レベルで、しかも国際標準の登録様式で院外心停止のデータが集積されていて、なおかつAEDが世界に先駆けて社会に広まっている。それはNEJMに掲載する価値のあるデータなのだから、見合うだけの内容とするべきだと。そう言われているという印象を受けました。

-NEJMにアクセプトされたのは、どのような理由が大きかったとお考えですか?

〈 石見 〉
AEDというトピック自体に目新しさはありません。AEDに関する論文は、NEJMにも過去にいくつか掲載されています。それでもわれわれの研究結果が掲載されたというのは、実社会のデータ、言わばリアルワールドデータ(RWD)を用いて実証したということを評価してくれたのではないかと考えています。

〈 北村 〉
過去にNEJMに掲載されたAEDを扱った論文としては、飛行機内でのAED実施症例の報告、カジノでのAED実施症例の報告、またその後に行われた無作為化試験の結果などが挙げられます。RWDで効果を実証できたということであれば、その内容は米国および他の国にとっても健康政策を考えるうえで有用な情報と捉えてもらったのではないでしょうか。
またNEJMには、他の領域においても社会的影響を評価した長期間の観察結果の報告が多く掲載されてきています。そういった傾向をふまえ、投稿したときから、今回の論文がアクセプトされる可能性は低くないと考えていました。

多くの医療従事者がもっとも優先して読む雑誌

-普段ご自身ではNEJMをどのようにご覧になっていますか?

〈 石見 〉
基本的に斜め読みです。新聞を読むのと一緒で、印刷版が手元にあったほうがよいのですが、週刊誌なのですぐに積み上がってしまうため、いまはオンライン版で読んでいます。

〈 北村 〉
私は臨床疫学の研究者という立場なので、どういうトピックが医療従事者の話題となっているかを知るという視点から読んでいます。NEJMは、若手からベテランの医師、また研修医にとっても、もっとも優先して読まれる雑誌です。その雑誌にどのような内容が掲載されているかを把握しておくことは研究者として重要だと考えています。

-NEJMに掲載されるような論文を書くために、どのように研究テーマを設定することが重要でしょうか?

〈 北村 〉
NEJMに論文が掲載されてから、そのように聞かれることが数多くありますが、正直なところ正解はわかりません(笑)。

〈 石見 〉
私個人としては、社会的なインパクトの大きさを追求するという気持ちが前提にあります。私は循環器内科医としてキャリアをスタートしましたが、心停止のほとんどは院外で発生していることを知り、それを改善するために心肺蘇生の研究を始めました。その当時はAEDも普及していませんでしたし、NEJMに投稿するということは当然考えてもいませんでした。NEJMに投稿しようというアイディアは北村先生からご提案いただいたと記憶しています。京都大学のカフェで食事をしながら話したことを覚えています。
論文が有名な雑誌に掲載されることより、どういう課題を解決することが求められているのかを考えることが重要です。ただ、特に新しい内容であればあるほど、それが本当に社会的に意義のあることなのかどうか、結果が出るまではわからないですよね。自分が何を改善したいかをしっかり考え、それがたまたま時代の流れに合って評価されれば、論文として掲載される。それでよいのだと思います。

-臨床医に今回の論文をどのように読んでほしいと思われますか?

〈 石見 〉
救命処置の基本中の基本であるAEDの重要性を、より多くの医師に知ってほしいですね。臨床医にとっては自分の患者を治療するのが仕事であり、病院の外に目を向けるというのはなかなかむずかしい。パブリックな視点をもつことも重要だというメッセージになることを望んでいます。NEJMに掲載された一番の価値というのは、インパクトファクターの高さなどではなく、より多くの医療従事者にそういったメッセージを届けられたことだと思っています。

〈 北村 〉
石見先生と同じ思いです。われわれの研究は社会医学の領域ではありますが、NEJMという臨床医学雑誌に掲載されたことで、多くの医師の目に触れる機会を得たことはありがたいと思います。

〈 石見 〉
また、若い方にも関心をもってほしいですね。こういう分野の研究がNEJMに掲載されたということ、また日本発の研究がNEJMに掲載されたということを知ってほしい。

-今後の研究テーマについて教えてください。

〈 石見 〉
AEDも院外心停止も、今後も引き続き研究を続けていきます。今回の論文においてNEJMとの議論で感じたのは、たとえば費用対効果など、AEDによって生み出される効果の検証に関して、もっとブラッシュアップしていかねばならないということ。AEDは存在するだけで効果があるものではありません。実際に使える人がいて、それを上手に使ってはじめて効果があるものです。そういう意味では、教育や啓発、運用の面で効果を高めていく仕組みが必要だと考えています。現在、学校教育でAEDを広めたり、スマホと連動してアラートが鳴る仕組みを導入したり、より多くの命を救うための取り組みを行っています。AED活用の障壁となっていることを、一つひとつ課題化し、解決していきたいと考えています。