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Event Report

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(木)

論文著者に聞く NEJM Evidenceへの
投稿・掲載のリアル

今回のご講演者は、NEJM Evidenceの2022年4月号に日本人として初めて論文が掲載された、熊本県にある陣内病院の循環器内科部長、杉山正悟先生です。またモデレーターとして、2020年にNEJMに掲載された論文「超高齢心房細動患者に対する低用量エドキサバン」の著者でもある奥村謙先生にご登壇いただきました。

講演者
杉山 正悟
杉山正悟氏の顔写真
陣内病院
循環器内科部長
モデレーター
奥村 謙
奥村謙氏の顔写真
済生会熊本病院
循環器内科
不整脈先端治療部門
最高技術顧問

講演:「Potential Identification of Type 2 Diabetes with Elevated Insulin Clearance」が掲載に至るまで

研究の背景

杉山

私が勤務する陣内病院は糖尿病専門の民間病院です。糖尿病の発症理由は一人ひとり違います。患者さんごとに糖尿病の原因や病態の精査が必要であり、それらを考慮した治療をするために積極的に教育入院を行っている病院です。

糖尿病は、インスリン作用の低下/減弱が糖代謝障害の基本病態にあるとされています。インスリン作用を計測・評価する臨床検査として正常血糖/高インスリンクランプ(グルコースクランプ)検査を行うことが有用であり、この検査は非常に大変で煩雑な検査ではあるものの、当院では以前から、会長と院長の強い信念のもとにこの検査を行ってきました。2型糖尿病では、肥満で、インスリン抵抗性が大きな意義を持つ欧米型2型糖尿病が主体と考えられますが、日本人には痩せた2型糖尿病患者が多く存在します。この方たちはインスリン分泌不全が主たる病態ではないかと言われてきました。ここで当院の非肥満の2型糖尿病患者のインスリン抵抗性・感受性・分泌能を検討してみますと、多くの患者はインスリン抵抗性がほとんどありません。グルコースクランプによると、インスリン感受性は良好です。1日尿中C-ペプチド排泄量によると、インスリン分泌能は十分維持されています。それなのになぜ糖尿病になるのか? 検査値を改めて見直してみると、血中インスリン濃度(IRI)は明らかに低値でありました。これはインスリン分泌が減弱していることを示唆します。血中インスリン濃度から評価してみると、高血糖状態に対し反応して分泌されるべきインスリンが不十分であることが示唆されますが、上記1日尿中C-ペプチド排泄量でのインスリン分泌能が保持されていることと血中インスリン濃度が低いことは相容れないものです。そこで、この矛盾に対して血中インスリン消失速度が速くなるインスリンクリアランスの亢進という病態概念の提唱が考えられました。

血中インスリン濃度を規定する因子と病態には、インスリン分泌量とインスリンクリアランスがあります。欧米の肥満の糖尿病患者ではインスリン分泌量が増加し、インスリンクリアランスは低下しています。そのため高インスリン血症を呈し、インスリン抵抗性が明確に示されています。日本人の場合は、血中インスリン濃度が低いことが現実としてありますからインスリン分泌量は減っているだろうと考えられてきました。しかし、インスリンクリアランスがどうなっているかについては詳細に検討されてきませんでした。この未知の病態を解決するためには、インスリン分泌能とインスリンクリアランスを同時に評価することが必要でした。

研究計画と最初の症例報告

イベント中の杉山先生の写真
杉山 先生

インスリンクリアランスが亢進している病態の存在を考えたときに、どのように臨床的にアプローチして証明するのか、当院では2016年頃から構想を練ってまいりました。

まず、グルコースクランプ検査のプロトコルと検査手技について検証・チェックを行いました。次に研究計画を立て、UMINにプロトコル登録をし、2019年から研究を開始しました。前向きの調査研究開始と同時に、インスリンクリアランス亢進の存在を明確に証明するために典型的な症例を探しました。患者を前向きに登録しながら、1日尿中C-ペプチド排泄量を測定してインスリン分泌能を評価し、正常血糖/高インスリンクランプ検査を行い、MCRI(Metabolic Clearance Rate of Insulin)でインスリンクリアランスを定量評価しました。MCRI値によりこの患者群を2群に分け、インスリンクリアランスが亢進した人(高MCRI群)の臨床背景を検証することにしました。

クランプ検査が終わってみると、定常状態血中インスリン濃度が患者ごとにバラバラであることが再確認されました。このインスリン値がバラバラであることで、クランプ検査自体の前提条件である「血中インスリン濃度を高濃度で一定にしたときのグルコース注入量を検討してインスリン抵抗性を定量評価する」というグルコースクランプ検査の大前提は崩れてしまいます。しかし、そのようなことが実臨床では起こっていることが示され、インスリンクリアランスの亢進、低下が存在することが明らかとなりました。

グルコースクランプを行うと、高インスリンクランプの定常状態が1時間後から2時間後に観察されます。高インスリン投与量(速度)を、実測された定常状態血中インスリン濃度で割ると、連続した数値としてMCRI、インスリンの代謝速度が算出されます。MCRIとして、欧米人では大体400~500という値があり、痩せた健常日本人男性では大体500~600というデータがあります。そこで、私たちは暫定的にMCRI値700以上をインスリンクリアランスの亢進と定義しました。

私たちは2021年に、Cureusというオープンジャーナルに典型的な症例を報告しました。非肥満でBMIは22.2、新規発症・未治療の糖尿病の男性で、脂肪肝も腎障害もなし。高血糖があるものの高インスリン血症は認めない。まさにインスリン分泌不全を思わせる痩せた糖尿病の方でした。しかし、1日尿中C-ペプチド排泄量が160であり、すなわち内因性のインスリン分泌の過剰状態がありました。インスリン抵抗性はなく、インスリン感受性は亢進していました。そして血中インスリン濃度は低く、インスリンクリアランス指標のMCRIは高値でした。この症例におけるインスリン作用不足を説明する際に、インスリンクリアランス亢進による血中インスリン濃度低下が病態としてよく適合しておりました。

NEJMへの投稿、NEJM Evidenceへのtransfer

症例を蓄積し、2021年の10月23日にNEJMに投稿しました。皆様ご経験があると思うのですけれども、まずInternal Reviewがあり、大体ここで差し戻されます。過去に差し戻された経験から、この度も差し戻されるのかなと思っていましたら、Out for Reviewに進みました。その後エディターから、「NEJMには掲載できない。しかし、NEJM Evidenceという新しい雑誌へのtransferを考慮してあげますよ」という連絡が来ました。考えることはありましたが、承諾の返事をし、提出した論文がそのままNEJM Evidenceへ再投稿されました。

NEJM Evidenceへ投稿され、エディターによるInternal Reviewが終わったと連絡が来たのが12月4日でした。そして、Editor-in-ChiefのDrazen先生からは、このままの形では採択できないと、3週間以内のrevise responseを求められました。12月31日夜にrevise作成が終わって再投稿し、その後も何度かreviseを求められ、最終的には2月4日にfinal acceptanceという形でコメントをいただきました。最後のreviseでは140~150のコメントが来ており、振り返ってみて驚きました。

掲載の反響

反響には非常にうれしいものもありました。郷土の地元新聞である熊本日日新聞が生活面の記事で取り上げてくれました。このように取り上げられますと親や親戚、知人、患者様から多くの連絡を受けました。全国的には、日経メディカルの方が注目してくださって、記事を書いてくださいました。

このように日本語の記事が出ているわけですが、現在NEJM EvidenceはPubMedにもGoogle Scholarにもまだインデックスされておりません。創刊から約1年が経ちますから、インデックスも今後広がっていくのかなと思います。今後の展開と発展に期待を込めて、NEJM Evidenceに掲載させていただいたことは非常にうれしいこと、名誉なことだと思っております。