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(木)

論文著者に聞く NEJM Evidenceへの
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対談・参加者からのQ&A

イベント中の奥村先生の写真
奥村 先生
奥村

杉山先生も僕も熊本大学医学部を卒業しており、先生は1988年のご卒業ですから僕のちょうど一回り下です。杉山先生は動脈硬化、急性冠症候群(ACS)を研究対象とされている循環器専門医です。熊本大学や留学先の米国で数多くのお仕事をなさって、200編以上の英文の原著論文をCirculation、JACC等に報告されてきました。陣内病院に移られてからは再び臨床研究に従事されました。循環器専門医でありながら糖尿病の病態にも切り込んでいかれたように、研究のマインドを非常に大切にされている先生です。

インスリンクリアランス亢進のメカニズム

奥村

インスリンクリアランス亢進のメカニズムについてあまり触れられませんでしたが、どのようなことを想定されていますか。

杉山

これまで欧米では、インスリンクリアランスが低下するということの検証や議論が盛んに行われてきました。しかし、インスリンクリアランスが亢進するという現象、病態は、おそらくほとんど観察されないせいか、これまであまり報告がありませんでした。

今回私は、先人の先生方が「正常」と考えるところよりもっとインスリンクリアランスが亢進している糖尿病患者の存在を観察しました。現時点でその病態の解明はほとんど成されていません。今回は臨床の患者さんのデータしか扱っておりませんので、因果関係として提案できるような病態メカニズムが存在するかもまだわからない状況です。

奥村

日本人の2型糖尿病患者のうち、インスリンクリアランスが亢進した方が痩せている方を中心に44%もいらっしゃるというのは、非常に重要な新しい知見だと思います。このメカニズムが今後治療につながるかもしれない。そういう方向で研究を進められていくのでしょうか。

杉山

私が現在勤務している病院でメカニズムにアプローチするような研究を行うことは、分子生物学的な基礎研究が必要になりますから難しいのかなと思います。しかし、インスリンクリアランスが亢進している病態がどう変わるのか、治療や薬剤でどのように修飾されるのかということについては、経過観察のような形で検討することは可能かと思っています。

インスリン分解の分子生物学的なメカニズムとしてインスリン分解酵素(IDE)があります。その阻害薬は以前から糖尿病治療のコンセプトとして存在していましたが、副作用や低分子での創薬が難しくまだ確立されていません。何より、欧米の2型糖尿病患者はインスリンクリアランスが低下している人たちがほとんどであるため、製薬会社もそのような薬剤をつくるほうに向かわなかったという歴史もあったと推察しています。

奥村

どこかの大学や企業等とタイアップして、日本人を対象に研究を進めるということは大いにありだと思います。

ここで視聴者の先生方に是非ご理解いただきたいのは、杉山先生は糖尿病を専門とする民間病院に勤務しながら、糖尿病の新しい病態生理を示唆する、独創的かつ精緻な臨床研究に従事されたということです。研究仮説を実証され、新しい知見を見出された杉山先生の鋭い洞察力と実行力は高く評価されるべきでしょう。

研究を遂行するうえでのハードル

奥村

今回の臨床研究は、研究の遂行上、どのような点が困難でしたか。

杉山

一番は臨床研究法の存在です。数年前に臨床研究法が施行され、当院のような民間病院では、前向きに介入していく検査や治療で保険外のことを行う臨床研究は、申請も承認も非常に困難となりました。ですから、既存の保険診療の範囲内でデータを小まめに取りながら蓄積していく。そこで何かデータが取れないかと試行錯誤して今回も観察研究をやっていきました。

あとは、予算、資金の問題です。当院のような民間病院は、科研費に応募することもできませんし、競争的資金を得ることもできません。インスリンとC-ペプチドを一緒に測定することは保険では認められないので、C-ペプチド測定は病院の自費研究資金で賄いました。その点でも苦労しました。

また、2019年から研究を開始しましたが、COVID-19が流行し始め、入院して糖尿病教育を受けたり、検査や治療を受けたりする方が激減しました。そのため目標設定数の患者リクルートに大分時間がかかりました。

インスリンクリアランスの推定因子

奥村

インスリンクリアランスは臨床背景から推察することもできるのでしょうか。

杉山

インスリンクリアランスが亢進している方の臨床背景を多重ロジスティック回帰分析で解析すると、低BMI、空腹時インスリン低値、尿酸低値が独立した因子として抽出されます。これらの因子からインスリンクリアランスの推定式をつくると仮定すると、BMIと空腹時インスリン値と尿酸値で良好な相関を持つ予測式ができます。

持効型のインスリンによる治療を受けている方は、自分の分泌するインスリンではなく注射で打っている外因性インスリンを測定してしまうことになりますので、そのような状況では空腹時インスリン濃度とインスリンクリアランスとの相関性は低くなります。インスリン治療を受けていない患者さんであれば、BMIと空腹時インスリン値と尿酸値によって外来で簡単にMCRI値を推定計算できるのではないかと考えています。

日本人におけるインスリンクリアランス亢進、その治療

奥村

今回の結果に関してですが、すでに症例報告もされていますが、これまでのご経験から大体推測どおりでしたでしょうか。

杉山

2014年頃から、このような病態があり、その病態の方たちは大体半数程度存在していることがわかっていました。そもそもインスリンクリアランスの値が、欧米で報告されている値と日本で報告されている値を単純に客観的に比べても、日本人のMCRI値は100程度高い。おそらく日本人全体のインスリンクリアランスが底上げして高くなっており、高い人の割合は、閾値をどこに置くかで7割になったり、8割になったり、今回の44%になったりする。インスリンクリアランス亢進の糖尿病患者が多いのは間違いないと思いましたので、MCRIの閾値を設定する際に700以上で症例設定をし、全体症例数が100人を超えれば統計学的検討ができるだろうというところで結果をまとめました。おおよそ推定通りだったと思います。

奥村

インスリンクリアランスの亢進が、どちらかというと痩せ型の日本人2型糖尿病患者の主たる病態生理だろうと思われるわけですね。これを今後の治療にどのように生かしていけばよいでしょうか。

杉山

経口糖尿病治療薬には、インスリンを介した血糖降下薬と、介さない血糖降下薬があります。インスリンを介さない血糖降下薬、すなわちメトホルミン、SGLT2阻害薬、α-GIなどは、今回のようなインスリンクリアランスが亢進していて血中インスリン濃度が低い方にも有効だと思います。

インスリンクリアランスの亢進を基本病態として認識し治療方針を変える場合、考えなければいけないことがあります。血中インスリン濃度が低いからSU薬などでインスリンを大量合成/分泌させてもクリアランス亢進で分解促進され末梢には十分届きません。そしてこの内因性血中インスリン濃度を上げるという治療方針では、膵臓は血中濃度の何倍ものインスリン合成を強いられているかもしれません。こうなると膵臓の疲弊を早めてしまいます。臨床では、インスリン依存性になってしまったような高齢の痩せた2型糖尿病の方が多く見受けられますが、そのような方をたくさん輩出してきたのかもしれません。現在の糖尿病診療ではインスリン分泌促進薬を積極的に使う治療は主として行われませんので、そのようなことにはならないと思いますが、インスリンクリアランス亢進がある2型糖尿病患者さんには、インスリン自己注射による外部からのインスリン補充療法を積極的に組み込んでいくことが長期的には有効なのかもしれません。

この病態が認識され、どのような臨床背景や関連を持っているかが今後前向きに研究されれば、多くの知識が蓄積していくだろうと思います。知識が蓄積されると新たな治療法やアプローチが展開する可能性がひらけます。このようなことがまさに始まったばかりかなと思っています。